特別養護老人ホーム「文京千駄木の郷」を見学して――民設民営の仕組みと区立施設だった頃の歴史

千駄木の郷を見学 地域情報

文京区千駄木にある特別養護老人ホーム「文京千駄木の郷」を見学する機会がありました。

普段、建物の前を通ることはあっても、施設の中がどのようになっているのか、また、どのような仕組みで運営されているのかについては、ほとんど知りませんでした。

実際に施設内を見学し、職員の方から話を伺ったことで、介護の現場だけでなく、千駄木の郷がもともと文京区立の施設だったことや、現在は「民設民営」という形で運営されていることも知りました。

さらに調べてみると、そこには2007年に起きた「文京区立特別養護老人ホームくすのきの郷」の介護報酬不正請求問題も関係していました。

今回は、見学で感じたことと、公開資料から分かった千駄木の郷の歴史や運営の仕組みを整理してみたいと思います。

現在の千駄木の郷は「従来型」の特別養護老人ホーム

現在の文京千駄木の郷は、定員105人の従来型特別養護老人ホームです。(文京区)

文京区の資料でも「定員105人(従来型)」とされています。土地と建物は現在も文京区が所有していますが、区が社会福祉法人へ貸し付け、法人が介護事業を自主運営する「民設民営」という形になっています。2026年4月からは、社会福祉法人奉優会が運営しています。(奉優会)

見学してまず感じたのは、廊下がかなり広く造られていることでした。

車いす同士がすれ違うことを考えても、移動スペースには比較的余裕があります。

一方、現在主流になりつつあるユニット型個室とは異なり、千駄木の郷は従来型の多床室を中心とした施設です。

食事の時間帯に見学した食堂・リビングでは、多くの入所者が車いすで集まっており、廊下の広さとは対照的に、共用スペースはかなり混み合っている印象を受けました。

食事介助の様子を見て感じたこと

見学したフロアでは、スタッフが入所者の食事介助を行っていました。

特別養護老人ホームは、原則として要介護3以上の方が入所する施設です。そのため、食事や移動など日常生活のさまざまな場面で介助を必要とする方が多く生活しています。

見学中には、車いすで過ごしている方も見られました。私には、職員とのやり取りや反応を確認することが難しいように見えました。

介護職員初任者研修中の私は、このように意思表示や反応が難しい方であっても、「これから動きますね」「お部屋へ戻りましょうね」といった声掛けは、安心感や本人の尊厳という面から大切なのではないかと感じました。

2つの居室から利用する共用トイレ――実際の運用には工夫も

設備面で印象に残ったものの一つが、2つの居室の間に設けられた共用トイレです。

トイレにはそれぞれの居室側に扉があり、どちらの部屋からも入ることができる構造になっていました。

最初に設備だけを見たときには、「片方の入所者が使用しているときに、反対側の居室から扉を開けてしまうことはないのだろうか」と、プライバシーの面が少し気になりました。

排泄は、介護の中でも特にプライバシーや羞恥心への配慮が求められる場面だからです。

そこで職員の方に実際の運用について伺ったところ、こうした共用トイレを挟む2つの居室については、片方の居室にはベッド上での排泄介助が必要な入所者に入ってもらうようにしているとのことでした。

つまり、設備としては両方の居室から利用できるようになっていても、実際には2人の入所者が同時にトイレを利用することがないよう、入居する方の状態を考慮して居室を組み合わせているそうです。

構造だけを見ると疑問に感じた設備でしたが、実際の運用では、入所者の状態に合わせて利用方法を工夫していることが分かりました。

今回の見学では、設備を見るだけで判断するのではなく、「実際にはどのように使っているのか」を職員の方に確認することの大切さも感じました。

「民設民営」なのに建物は文京区のもの?

見学後に調べていて、一番分かりにくかったのが「民設民営」という言葉でした。

「民設」と聞くと、民間法人が土地を購入して建物を建てた施設のように思えます。

しかし、千駄木の郷はそうではありません。

土地と建物は現在も文京区が所有しています。

文京区が社会福祉法人と土地建物使用貸借契約を結んで貸し付け、その社会福祉法人が介護保険施設の設置者となり、自ら事業を運営しています。

つまり、

「建物の所有者は文京区」

でありながら、

「介護施設の設置・運営主体は社会福祉法人」

という形です。

ここでいう「民設」とは、必ずしも「民間が建物を建設した」という意味ではなく、「介護施設としての設置主体が民間法人」という意味で考えると分かりやすくなります。

昔は「区立施設を民間法人が運営」していた

さらに興味深いのは、現在の民設民営になる前にも、実際の施設運営には社会福祉法人が関わっていたことです。

当時採用されていたのが「指定管理者制度」です。

指定管理者制度では、施設そのものは「文京区立」のまま、文京区が社会福祉法人などを指定し、実際の管理・運営を任せます。

つまり、

以前は、

「文京区の施設を社会福祉法人が運営する」

形でした。

現在は、

「文京区から建物を借り、社会福祉法人自身が介護施設を設置・運営する」

形です。

外から見るとどちらも「民間法人が運営している」ので同じように見えますが、介護保険制度上の立場は大きく異なります。

2007年「くすのきの郷」で起きた指定取消し

この違いを理解するうえで重要なのが、2007年に起きた「文京区立特別養護老人ホームくすのきの郷」の問題です。

当時、くすのきの郷の指定管理者だった社会福祉法人同胞互助会による介護報酬の不正請求と、虚偽の勤務表の作成・報告が明らかになりました。

東京都によると、不正請求額は約4,600万円でした。

東京都は2007年6月18日、くすのきの郷の介護福祉施設サービスなどについて、11月30日をもって指定を取り消す処分を決定しました。

ここで驚いたのは、処分を受けた「事業者」が、実際に施設を運営していた社会福祉法人ではなく、文京区だったことです。

東京都の資料にも、「文京区立特別養護老人ホームくすのきの郷」の事業者である文京区に対して指定取消処分を行った、と記されています。

文京区は「保険者」であり「事業者」でもあった

介護保険では、文京区民にとって文京区は「保険者」です。

保険料を徴収したり、要介護認定を行ったり、介護保険給付を行ったりする側です。

ところが当時の区立特別養護老人ホームについては、文京区自身が介護保険上の施設事業者でもありました。

つまり文京区は、

「介護保険制度を運営する保険者」

であると同時に、

「介護サービスを提供する事業者」

でもあったわけです。

今回調べるまで、「介護保険の保険者である自治体自身が、介護施設の指定取消処分を受けることがある」ということは知りませんでした。

取消されたのは文京区の「保険者としての資格」ではなく、あくまでも、くすのきの郷を運営する介護サービス事業者としての指定です。

入所者の介護保険が取り消されたわけではない

「施設の指定が取り消されたら、入所していた高齢者はどうなったのだろう」

という疑問も生まれました。

もちろん、入所者本人の介護保険資格が取り消されたわけではありません。

取消処分が決定したのは2007年6月でしたが、効力発生は11月30日とされました。そして翌12月から、くすのきの郷は民設民営として運営を開始しています。

文京区の介護保険資料にも、

2007年12月
「文京区立特別養護老人ホーム『くすのきの郷』を民設民営として運営開始」

と記録されています。

つまり、建物そのものを閉鎖して入所者全員を一斉に退去させるのではなく、運営主体を切り替えながら介護サービスを継続する方向が取られました。

なお、公開資料から「当時の入所者全員が一人も転居せず、そのまま残った」とまでは確認できないため、その点については断定できません。

くすのきの郷だけでは終わらなかった

その後の動きも興味深いものです。

文京区の資料を見ると、

2007年12月に「くすのきの郷」が民設民営へ移行。

そして2008年4月には、残る文京区立特別養護老人ホーム3か所と高齢者在宅サービスセンター7か所も民設民営として運営を開始しています。

介護保険の指定は施設単位ですが、当時は同じ事業者による他施設への影響も生じ得る制度でした。

そのため、「くすのきの郷だけの問題」として切り離すことが難しい事情もありました。

ただし、「不祥事があったから残りの施設もすべて民営化した」と単純に断定するのは避けた方がよさそうです。

公開資料から確認できるのは、くすのきの郷の指定取消しがあり、その直後から旧区立特養が順次民設民営へ移行した、という事実です。

民設民営になっても文京区との関係は深い

民設民営になったというと、「完全に民間の施設になり、文京区とは関係がなくなった」と思いがちです。

しかし、実際はそうではありません。

現在も土地と建物は文京区所有です。

さらに、文京区は千駄木の郷の運営費のうち、電気料金、小規模な修繕費、定期検査業務費などの一部について補助金を交付する仕組みを設けています。建物の躯体に関する改修や設備更新も、区側が一定の役割を担っています。

つまり、

「公設公営」から「完全な民間施設」になった、

というよりも、

公有財産を利用し、公的支援を受けながら、社会福祉法人が自主運営する施設へ変わった

と考える方が実態に近いようです。

大規模改修の話はあるものの、まだ先

見学の際、大規模修繕についても話を伺いました。

以前から大規模改修の話は出ているものの、実際の工事は「まだまだ先になる」という説明でした。

2026年度予算では、千駄木の郷について「大規模改修工事に向けた基礎調査」が計上されています。つまり、現在はまだ本格的な改修工事ではなく、その前段階です。

文京区も、千駄木の郷については併設する保健サービスセンター本郷支所への影響などを調べたうえで、改修方針を検討するとしています。

一方、白山の郷では先に大規模改修が進められています。

千駄木の郷については、見学時に伺った「まだまだ先」という言葉どおり、今後、調査や検討を重ねながら具体化していくことになりそうです。

同じ建物にある「高齢者あんしん相談センター」は少し仕組みが違う

千駄木の郷には、「高齢者あんしん相談センター駒込」も併設されています。

こちらも社会福祉法人が運営していますが、特別養護老人ホームの千駄木の郷とは制度上の位置づけが異なります。

特養は、社会福祉法人が自ら施設を設置・運営する「民設民営」。

一方、高齢者あんしん相談センターは、文京区の地域包括支援センター業務を民間法人に委託して運営しています。

同じ建物の中で、同じ社会福祉法人が運営していても、行政との関係は同じではありません。

こうした違いも、実際に施設を見学して調べなければ、なかなか気付かなかったことです。

施設を見るだけでは分からないこともある

今回、千駄木の郷を見学して、施設の設備や介護の様子だけでなく、その背景にある制度や歴史についても考えるきっかけになりました。

広い廊下、多くの車いすが集まる食堂、食事介助の様子、2つの居室から使用できる共用トイレ。

実際に中を歩いてみることで、パンフレットやホームページだけでは分からないことがいくつもありました。

そして、共用トイレのように、設備だけを見たときには疑問に感じても、職員の方に実際の運用方法を聞くことで、その背景にある工夫を知ることもできました。

同時に、「民設民営」という言葉一つを取っても、

誰が建物を所有しているのか。

誰が施設を設置しているのか。

誰が介護サービスを提供しているのか。

誰が介護保険の保険者なのか。

それぞれを分けて考えなければ、仕組みを正しく理解できないことも分かりました。

千駄木の郷は、かつての「文京区立」の施設から、現在の民設民営へと姿を変えてきました。

しかし建物は現在も文京区の所有であり、補助金や大規模改修などを通して区との関係も続いています。

単純に「公営から民営になった」というだけでは表せない施設です。

介護施設を見学するときには、「設備がきれいか」「職員が親切か」だけでなく、設備が実際にどのように使われているのか、そしてその施設がどのような制度と歴史の中で運営されているのかを知ることで、また違った見え方がしてくるのだと感じました。

参考資料・出典

今回の記事については、次の資料で主要な事実関係を確認できます。

  1. 文京区「旧区立特別養護老人ホーム文京千駄木の郷及び文京千駄木高齢者在宅サービスセンター運営事業者の募集について」
    千駄木の郷の運営事業者募集、公募要項、土地・建物の貸付け、現在の運営事業者が社会福祉法人奉優会であることなどを確認できます。ページ内から公募要項PDFも開けます。 文京区「千駄木の郷 運営事業者の募集について」 (2026年11月閲覧)
  2. 文京区「ぶんきょう(文の京)の社会福祉」
    文京区の福祉行政全般をまとめた公式ページで、令和7年版の冊子を一括または章別PDFで閲覧できます。「高齢者福祉」「介護保険」の章もここから確認できます。文京区「ぶんきょう(文の京)の社会福祉」 (2026年11月閲覧)
  3. 文京区「介護保険制度のあゆみ」
    2007年6月のくすのきの郷の介護報酬不正請求と文京区への取消処分、同年12月のくすのきの郷の民設民営化、2008年4月の残る区立特養3施設・高齢者在宅サービスセンター7施設の民設民営化という流れを確認できます。 文京区「介護保険制度のあゆみ」(PDF) (2026年11月閲覧)
  4. 東京都「指定介護老人福祉施設等の指定取消処分について」
    くすのきの郷について、東京都が2007年6月18日に「事業者である文京区」に対して、2007年11月30日をもって指定を取り消すことを決定した資料です。不正請求額約4,600万円、取消事由として「介護報酬等の不正請求」「虚偽の勤務表の作成・報告」が記載されています。 東京都福祉局 東京都「指定介護老人福祉施設等の指定取消処分について」 (2026年11月閲覧)
  5. 文京区「指定管理者制度」
    指定管理者制度が、公の施設の管理運営を民間事業者等に委ねることができる制度であることを確認できます。以前の「区立施設のまま社会福祉法人が管理運営する」という仕組みを説明する際の根拠になります。 文京区「指定管理者制度」 (2026年11月閲覧)
  6. 厚生労働省「介護事業運営の適正化に関する有識者会議報告書」等
    2007年当時の制度では、一事業所の指定取消しが、同じ事業者の他の事業所の指定・更新拒否につながる、いわゆる「連座制」が存在したことを確認できます。その後、組織的関与の有無を考慮する制度へ見直されました。 厚生労働省「介護事業運営の適正化に関する有識者会議報告書」 (2026年11月閲覧)
  7. 文京区「特別養護老人ホームの入所について」
    千駄木の郷が2026年4月から社会福祉法人奉優会による運営になったこと、定員105人であること、今後大規模改修を予定していることを確認できます。 文京区「特別養護老人ホームの入所について」 (2026年11月閲覧)
  8. 文京区「令和8年度予算資料 主要事業一覧表」
    2026年度に「文京千駄木の郷大規模改修工事に向けた基礎調査」3,631万8千円が計上されていること、白山の郷では2026~2027年度に大規模改修工事が予定されていることを確認できます。文京区「令和8年度予算資料 主要事業一覧表」(PDF) (2026年11月閲覧)
  9. 文京区「令和8年度予算資料 補助金一覧表」
    旧区立特養等への「民間特別養護老人ホームに対する運営費助成」として、2026年度に6,578万円が計上されていることを確認できます。 文京区「令和8年度予算資料 補助金一覧表」(PDF) (2026年11月閲覧)
  10. 文京区「高齢者あんしん相談センター駒込」及び地域包括ケア推進委員会資料
    千駄木の郷に高齢者あんしん相談センター駒込が併設され、2026年4月から社会福祉法人奉優会が運営していること、同センターの運営業務を文京区が法人へ「委託」していることを確認できます。 文京区「高齢者あんしん相談センター駒込」 (2026年11月閲覧)

※施設内の様子や職員から伺った運用方法については、2026年の施設見学時に確認した内容をもとに記載しています。

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