お正月の初夢で見ると縁起がよいものとして知られる、「一富士二鷹三茄子」。
「一富士二鷹三茄子」には諸説ありますが、本駒込周辺には、その言葉を思わせる富士・鷹・茄子のゆかりの場所が今も残されています。
「一富士」は、江戸時代に富士信仰の拠点となった駒込富士神社。
「二鷹」は、かつて鷹匠たちが暮らしていた屋敷跡。
「三茄子」は、江戸の人々に親しまれた駒込ナスと、駒込土物店跡です。
今回は、本駒込に残る「一富士二鷹三茄子」ゆかりの地を、写真とともにゆっくり訪ねてみました。
「一富士」駒込富士神社は、もとは現在の東京大学の地にあった

「一富士二鷹三茄子」の「一富士」にゆかりがあるのが、文京区本駒込にある駒込富士神社です。
駒込富士神社のはじまりは、天正元年(1573年)にさかのぼります。
本郷村の名主が、現在の東京大学の地に、駿河の富士浅間社を勧請したことが始まりとされています。
その後、寛永5年(1628年)、加賀前田家がその地を上屋敷として拝領することになり、浅間社は現在の本駒込の地へ移されました。

現在の駒込富士神社は、拝殿が富士山に見立てた山の上にあります。境内の石段を上ってお参りする形になっており、江戸時代には富士信仰の拠点のひとつとして、多くの人々に親しまれてきました。
遠くの富士山まで行くことが難しかった時代、身近な場所で富士山を拝むことができるこの神社は、地域の人々にとって大切な信仰の場だったのでしょう。
また、毎年6月末から7月はじめの「山開き」には夜店が出て、今もにぎわいを見せます。昔から続く行事が、現在の本駒込の町にも受け継がれているのは、とても貴重なことです。

今回訪れた境内では、大きな白い花が静かに咲いていました。タイサンボクでしょうか。深い緑の中に凛と咲く白い花が、駒込富士神社の落ち着いた雰囲気によく合っていました。
「二鷹」鷹匠屋敷の跡地と、天祖神社に残る石柱

「一富士二鷹三茄子」の「二鷹」にゆかりがあるのが、現在の都立駒込病院周辺です。
江戸時代、現在の文京区本駒込3丁目にあたるこの一帯には、鷹匠たちが暮らした鷹匠組屋敷や、鷹の飼育・調練を行う施設が広がっていたと伝えられています。
鷹匠とは、将軍や大名の鷹狩りに関わった人々のことです。鷹狩りは江戸時代の武家社会において重要な行事であり、鷹を育て、訓練し、管理する鷹匠たちは特別な役割を担っていました。
現在は病院や住宅が建ち並ぶ静かな地域ですが、かつてこのあたりには鷹に関わる人々の暮らしがありました。
その面影を今に伝えているのが、近くの駒込天祖神社です。社殿裏には、当時の鷹匠組が神社に寄進したとされる石柱が残されており、そこには「御鷹組中」の文字が刻まれています。
何気なく歩いている本駒込の町にも、江戸時代の鷹匠たちの記憶が静かに残っているのですね。
「一富士二鷹三茄子」の「鷹」は、単なる縁起物としての鳥ではなく、この地域に実際にあった鷹匠屋敷や鷹狩りの歴史とも結びついています。駒込富士神社の「富士」、鷹匠屋敷跡の「鷹」、そして駒込ナスの「茄子」。本駒込を歩くと、江戸の信仰・武家文化・食文化がひとつながりに見えてきます。
「三茄子」駒込ナスと駒込土物店跡
「一富士二鷹三茄子」の「三茄子」にゆかりがあるのが、駒込ナスと、天栄寺境内に残る駒込土物店跡です。

駒込富士神社の案内板には、江戸・東京の農業として「駒込ナス」が紹介されています。江戸の人口が増えるにつれ、新鮮な野菜の需要も高まり、本駒込周辺ではナスや大根、ごぼうなどの野菜づくりが盛んになったそうです。
特に駒込ナスは品質がよく、江戸の人々に親しまれていたといわれています。
今では本駒込を歩いても、畑の風景を見かけることは少なくなりました。しかし案内板を読むと、このあたりがかつて江戸の食を支える大切な農業地帯だったことがわかります。
天栄寺に残る「駒込土物店跡」


江戸時代、駒込土物店は、神田、千住と並び、江戸三大青果市場のひとつといわれていました。
その起源は元和年間、1615年から1624年ごろにさかのぼると伝えられています。
はじめは、近隣の農民が野菜を担いで江戸へ出る途中、このあたりで毎朝休むようになったことがきっかけでした。すると、近くの住民が新鮮な野菜を求めて集まるようになり、やがて野菜の取引の場として発展していったそうです。
今の静かな本駒込の町並みからは少し想像しにくいですが、かつてこのあたりには、朝早くから野菜を担いだ農民や買い求める人々が行き交う、にぎやかな風景があったのでしょう。
また、近くの駒込富士神社の裏手は、かつて駒込ナスの生産地として有名でした。
ナスのほかにも、大根、にんじん、ごぼうなど、土のついたままの野菜が多く取り引きされたことから、「土物店」と呼ばれたといわれています。

天栄寺の境内には、現在も駒込土物店縁起の碑が残されています。
石碑の前に立つと、本駒込が江戸の人々の食卓を支えた大切な青果の町だったことが感じられます。
「三茄子」は、ただの縁起物ではなく、この地域で実際に育てられ、江戸の人々に親しまれた駒込ナスの記憶と深く結びついています。
天栄寺のあじさいも見どころ

天栄寺の境内では、紫や青のあじさいが美しく咲いていました。
石碑や竹垣、緑の木々に囲まれたあじさいは、どこか懐かしい雰囲気があります。歴史散歩の途中で、こうした季節の花に出会えるのも、本駒込散策の楽しみです。
急がず、立ち止まりながら眺めると、町の歴史と季節の移ろいを一緒に感じることができます。
本駒込に残る、江戸の暮らしの記憶
「一富士二鷹三茄子」という言葉だけを聞くと、少し遠い昔の縁起物のように感じます。
けれども本駒込を歩いてみると、富士信仰、鷹匠の屋敷、駒込ナス、青物市場といった江戸の暮らしの記憶が、今も町のあちこちに残っていることに気づきます。
本駒込は、寺社が多く、坂道や古い道筋も残る地域です。普段の散歩道でも、案内板や石碑を少し読んでみるだけで、昔の町の姿が見えてきます。
高齢の方にもおすすめの、ゆっくり歴史散歩
本駒込周辺は、歴史を感じながら歩ける魅力的な地域ですが、場所によっては坂道や石段があります。
特に駒込富士神社の参道は階段がありますので、足元に気をつけながら、無理のない範囲でお参りするのがおすすめです。
暑い日は水分を持ち、日差しの強い時間帯を避けると安心です。あじさいの季節には、朝の涼しい時間に歩くと、花もきれいに見られます。
「今日は富士神社だけ」「次は天栄寺まで」と、何回かに分けて歩くのもよいですね。
まとめ|本駒込には「一富士二鷹三茄子」の記憶が残っている
本駒込には、駒込富士神社の「富士」、鷹匠屋敷跡の「鷹」、そして駒込ナスと駒込土物店跡の「茄子」が、今も地域の記憶として残されています。
駒込富士神社は、もとは現在の東京大学の地に勧請された浅間社が、加賀前田家上屋敷の成立にともない現在地へ移されたものです。富士山に見立てた山の上に拝殿があり、江戸時代には富士信仰の拠点として親しまれました。
さらに、近くには鷹匠たちが暮らしていた屋敷跡、そして江戸三大青果市場のひとつとされた駒込土物店跡もあります。
「一富士二鷹三茄子」という言葉を、初夢の縁起物としてだけでなく、本駒込の歴史として歩いてみると、江戸の信仰、武家文化、農業、青果市場のにぎわいがひとつながりに見えてきます。
本駒込を散歩する際には、ぜひ駒込富士神社、鷹匠屋敷跡、天栄寺の駒込土物店跡を、無理のない範囲でゆっくり巡ってみてください。

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